大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)817号 判決
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〔判決理由〕(一)亡幸志の得べかりし利益の喪失
(1)控訴人等は、幸志は米国市民権を有し、将来米国市民として米国において活躍するはずであつたから、その得べかりし利益は、米国市民として米国におけるそれによつて算定すべきものである旨を主張する。
<証拠>によれば、幸志は、日本国民である控訴人等の二男として、昭和三一年一〇月一日米国ニューヨーク市において出生し、米国籍を取得するとともに、国籍保留の意思表示により日本国籍をも取得したものであること、幸志の父である控訴人八郎は、神戸商科大学経済学部を卒業して日商株式会社に勤務し、本件事故当時、同会社機械第二部長(現在は取締役)の地位にあつて年収約一五〇万円を得、ほかに相当の不動産、株式等の財産を有し、これまで海外出張のため英国、米国等に数年間居住していたものであり、また、幸志の母である控訴人良子は神戸女学院を卒業したものであつて、控訴人等は、幸志に対し教育は日本で受けさせるが、将来は米国において外科医師の職につけさせたいと考えていたこと、が認められるのであるが、一方、幸志が米国籍を取得したのは、控訴人等が海外出張のため昭和二七年から昭和三五年まで米国ニューヨーク市に居住し、その間に幸志が出生したといういわば偶然ともいえる事実に基くものであり、現に、本件事故当時、幸志は控訴人等とともに日本に居住して(ただし、控訴人八郎は南米に出張中)、日本の幼稚園で教育を受けていたこともまた認められるのであつて、これらの事実に、両親たる控訴人等が日本国民であり、幸志自身日本国籍を有すること、及び本件事故当時幸志がわずか年令満四才八ケ月の幼児であつたことなどの事情を考え合わせると、幸志が将来控訴人等の希望どおり、米国において医師その他米国市民としての職に従事する可能性がないとはもち論いえないにしても、どこまで確実性があるか全く不明であり、従つて、そのような不確実な事実を基礎として幸志の得べかりし利益を算定することは妥当でなく、幸志を日本国民として日本におけるそれを算定するのがより妥当であると解せられる。控訴人等の前記主張は採用しない。
(2)亡幸志が本件事故当時年令満四才八ケ月であつたことは右に認定したところであり、<証拠>によれば、幸志は健康体であつたことが認められるところ、<証拠>(第一三回日本統計年鑑所収の厚生大臣官房統計調査部第一〇回生命表)によれば、満四才の日本人男子の平均余命は六三・二七年であることが認められるから、本件事故がなければ、幸志はなお六三年間(満六七才まで)はほぼ生存し得たはずであり、また、前認定の幸志の家庭環境よりすれば、幸志は義務教育にとどまらず、さらに高等の教育を受け得べかりし環境にあつたといえる。そこで、幸志が少なくとも高等学校を卒業して勤労に従事するものとすれば、満一八才(昭和五〇年)から右生存可能期間のうち六〇才までの四三年間は一般労働に従事して収益をあげ得るものと推認してさしつかえない。
そして、<証拠>(労務行政研究所編「昭和三七年版モデル賃金、初任給、平均賃金」)によれば、昭和三六年度における高校卒業男子の平均初任給が月額一万円を下らないこと、高校卒業者男子で通常の能力と勤務成績を有する者の一年当り昇給額は、一八才から五〇才までの各年令階級毎に、平均して月額一、〇〇〇円を下らないこと、及び夏季一時金として平均して一ケ月分の賃金をかなり上廻る額が支給された(従つて、年末一時金もほぼこれと同額の割合で支給されたものと推定される。)ことが認められる。従つて、幸志が満一八才で高等学校を卒業して就職したときの初任給を月額一万円とし、夏季及び年末一時金として賃金の二ケ月分の支給を受けるものとし、毎年の昇給額を月額一、〇〇〇円とみて、その年収額を推算すると、一八才時一四万円、一九才時一五万四、〇〇〇円、以後毎年一万四、〇〇〇円宛増加して、三〇才時三〇万八、〇〇〇円、四〇才時四四八、〇〇〇円、五〇才時五八万八、〇〇〇円、六〇才時七二万八、〇〇〇円となり、右一八才時から六〇才時までの年収額を合計すると金一、八六六万二、〇〇〇円となるから、その平均年収額は金四三万四、〇〇〇円(三九才時の年収額に相当する。)となるのであるが、今これを右金額以下である三〇才時の年収額三〇万八、〇〇〇円を平均年収額とみれば、幸志は、一八才時から六〇才時までの全稼働期間を通じ毎年三〇万八、〇〇〇円を下らない収入をあげ得るものということができる。<編註、ここまで控訴人の主張どおりである>
一方、総理府統計局編集第一五回日本統計年鑑四〇〇〜四〇一頁)によれば、昭和三六年度の全都市における勤労世帯の年間平均消費支出は月額三万四、八九六円(世帯人員四・二二人)であるから、一人当りの平均支出額は月額八、二六九円(円未満切捨)となるが、世帯主の支出額は右平均支出額を上廻るものとみるべきであり、月額一万円とみて、年額一二万円とみるのが相当である。<編註、控訴人は月額八、五〇〇円と主張>
そうすると、幸志は、一八才時から六〇才時までの全稼働期間を通じ、毎年、右平均年収額三〇万八、〇〇〇円から年間生活費一二万円を控除した金一八万八、〇〇〇円の純益を得べかりしものであつたと認めてさしつかえない。
右計算方法によると、幸志が一八才時からすでに三〇才時の年収額三〇万八、〇〇〇円の年収を得るものとする点において一見不合理のようであるが、三〇才時以降の年収額をも三〇才時のそれ(三〇才時の年収額が全稼働期間における平均年収額を大幅に下廻るものであること前認定のとおり)に固定して計算するものであり、かつ、三〇才時以降の稼働期間が三〇才時までのそれに比しはかるに長い点を考えると、全体として合理性が保たれるものといえるのであり、また、生活費は、年毎に変動し通常収入の上昇とともに高額化するのが一般であるのに、これを全稼働期間を通じて固定きせたまま推算の基礎におく点において、一見不合理ともいえようが、一方において収入額も全稼働期間における平均額以下に固定きせて推算しているのであるから、右事情を考慮しても、なお全稼働期間を通じて前認定程度の年間純益額が得られるものと推算して、何等経験則に反するところはないと考える。
そこで、本件事故当時(幸志の満年令四才)を基準として、幸志が満一八才に達するまでの一四年間は純益がなく、その後満六〇才までの四三年間は毎年末に金一八万八、〇〇〇円宛の年金的純益があるものとして、ホフマン式計算法により法定利率年五分の割合による中間利息を控除して、その現在価額を計算するには、毎期末利益金一八万八、〇〇〇円に、利率五%、期数五七(一四年と四三年との合計年数)の場合の単利年金現価率二六・五九(以下切捨)から利率五%、期数一四の場合の単利年金現価率一〇・四〇(以下切捨)を差し引いたものを乗ずればよいから(法曹時報一一巻二号三七頁以下参照)、これを計算すると
188000円×(26.59−10.40)=3043720円
となり、結局、幸志が本件事故により失つた得べかりし利益の現在価額は金三〇四万三、七二〇円となる。
(3)そして控訴人等は幸志の父母として、幸志の右損害賠償請求権を相続分各自二分の一の割合で相続したものというべきであるから、控訴人等は各自金一五二万一、八六〇円の請求権を取得したことになる。
(二)葬儀費及び死体処理等の費用<略>
(三)過失相殺
(1)まず被控訴人等は、本件事故当時、事故現場付近は歩行者についても通行が禁止されていたと主張する。<証拠略>によれば、本件事故現場付近の第二阪神国道は、当時、建設省近畿地方建設局第二阪神国道工事事務所により舗装工事中であり、道路管理者である右工事事務所長は、右工事に際し、道路交通法第八〇条の規定によつて、工事区間内における車輛の同国道の南北の通行を禁止し、そのための迂回路として事故現場の西約五〇メートルの芦屋川両岸の地下道を利用させることとし、右迂回路の標識及び標示を設けることとして、所轄芦屋警察署長と協議し、現に、その旨の標識等を設けていることが認められる。しかし、道路法第四八条第一項は、「道路管理者は、道路の通行を禁止し、または制限しようとする場合においては、禁止または制限の対象、区間、期間及び理由を明りように記載した道路標識を設けなければならない。……」と定めるところ、本件事故現場付近に歩行者の通行を禁止することを明りように記載した標識が設けられていた形跡は見当らない(検乙第四、五号証に見える標識等が歩行者通行禁止を明りように記載したものとはとうていいえない。)から、<証拠略>の各証言だけでは、右通行禁止の対象が歩行者をも含むものであるとは直ちに認めることができず、ほかに歩行者に対しても通行が禁止されていたことを認めるにたる証拠はない。
かりに、歩行者に対しても事故現場の通行が禁止されていたとしても、その禁止のための道路標識の設置は不明確というほかはなく、かつ、前記検乙第一ないし第四号証によれば、相当数の歩行者が現実に通行していることが認められるのであるから、このような状況のもとで、控訴人良子が幸志を伴つて事故現場を通行しようとしたこと自体をとらえて、被害者側に過失があつたものということはできない。
(2)しかしながら、本件事故現場の状況は、さきに引用した原判決の認定のとおり第二阪神国道の舗装工事中であつて、同国道の中央線から北へ一車線目及び五車線目の舗装を終り、二車線目、三車線目の一部、四車線目は、いずれも未舗装で、青砂が敷きつめられていて、既舗装の車線より約二五センチメートルも低くなつており、隣接の既舗装車線から横へ鉄棒が約二〇センチメートル突出し、かつ、三車線目の未舗装部分の両側には鉄筋アングルが並べて置かれる等、全体として路面は高低起伏が多いうえに、工事用の材料や用具等が雑然と置かれていたばかりでなく、生コンクリート運搬用の貨物自動車が往来していたのであるから、このような場所を、幼児を連れて横断通行するには、足許によく注意することはもち論、右自動車の運行状況にも十分の注意を払つて、横断を終えるまで幼児の手を離さず、幼児をして自己と同様に行動せしめて、安全に通行できるように配慮すべき義務あることもまた明らかである。しかるに、控訴人良子は、すでに認定したところから明らかなように、右横断にあたつて足許に注意を奪われるあまり、前記加害自動車が横断箇所に向つて接近しつつあるその動きに全く気付かず、しかも三車線目まで来てつまづいて幸志の手を離したため、幸志をして、時速八キロメートル以下の低速度で後退して来た本件自動車の進路の直前を一人で横断するに至らしめたものであるから、控訴人良子には母親として、幼児である幸志に対する安全通行の配慮に欠けるところまた大であるといわなければならない。そして右が控訴人良子の監護義務違反にあたることはいうまでもなく、民法第七二二条第二項にいう「被害者に過失ありたるとき」とは、被害者本人が弁識能力の充分でない幼児の場合には、その幼児と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失を含むものと解すべきであるから、控訴人良子に監護義務違反があり、かつ、これが本件事故発生の一因を与えたことを否定し得ない以上、「被害者に過失ありたるとき」として控訴人良子の損害賠償額を定めるにつきこれをしんしやくしなければならない。のみならず、共同親権者の一人である控訴人良子に右の過失があれば他の一方の親権者である控訴人八郎についても過失のあつたことを免れないと解すべきであるから、控訴人八郎の損害賠償額を定めるについてもこれをしんしやくすべきものである。
(3)そこで被害者側の右過失を考慮すると、控訴人八郎に対する財産的損害の賠償額は、前記(一)につき金八〇万円、(二)につき金六万円に、また控訴人良子に対する財産的損害の賠償額は前記(一)につき金八〇万円に、それぞれ減額するのが相当である。
(四)慰藉料
控訴人等が、本件事故のため突如として将来を期待していた二男を失い、相当の精神的苦痛を受けたことは容易にうかがうことができる。そこで上来認定にかかる本件事故の態様、加害者並びに被害者側の過失の大小、控訴人等の職業、社会的地位、収入その他一切の事情を総合勘案するときは、幸志の死亡によつて控訴人等の被つた精神的損害に対する慰藉料は、控訴人各自につき金五〇万円をもつて相当と認める。(小石寿夫 宮崎福二 松田延雄)